「熱意」の落し穴
遠い昔、大学の近くの喫茶店で目にした光景が、
いまも、心に残っています。
それは、二人の男性でしたが、
一人は、ゴルフ場の経営者、
一人はプロゴルファーをめざす若者でした。
その若者は、ゴルフ場で働きながら、
プロゴルファーをめざして修業をしたいとの希望を、
その経営者に熱心に語っていました。
その経営者は、鋭い眼光と厳しい表情から察するに、
かなりの人生経験を積んだ人物のようでしたが、
長い時間、その若者の熱意溢れる話を、
腕を組み、黙って聞いていました。
若者は、人の良い人物のようでしたが、
周囲の人々の耳も気にとめず、夢中になって懇願する姿は、
熱意の表れのようでもありながら、
何か、軽さを感じさせるものでした。
しかし、懇願を繰り返す若者の熱意に根負けしたのでしょうか、
その経営者は、遂に、押し出すように言いました。
「では、本当にプロになる気があるならば、
うちで働きながら修業をするか」
その言葉に対して、若者は、喜びのあまり、こう言いました。
「有難うございます。一生懸命に修業します。
私は、ゴルフのボールに触っているだけで幸せなんです」
その瞬間、経営者の表情が変わりました。
そして、厳しい声で言いました。
「やはり、やめておこう。あんたは、プロには向いていないよ」
この光景が、いまも心に残っています。
「自己陶酔」
それは、我々が「熱意」を心に抱くとき、
密やかに存在する、落し穴なのかもしれません。
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